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Jun 01

maica:

Latest articles - Daily Inspiration #1150

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Latest articles - Daily Inspiration #1150

アメリカ・ニューメキシコ州のサンタフェから40kmほど北にある、チマヨという町に、一つの古びた教会がある。この教会には松葉づえや歩行器がたくさん置き去りされている。

なぜこういったものが多く残されているのかというと、この教会にしかない「癒しの土」が、不治の病を直したり、歩けなかった人が歩けるようになったりという奇跡を起こすため、訪れて歩けるようになった人たちが、そうした松葉づえなど置き去りにしていくからである。

見た目は何の変哲もない教会であるが、骨折や歯痛、関節痛、エイズなどの悩みを持った人々が連日訪れ、この「癒しの土」の恩恵にあずかっている。


この「癒しの土」は、「エル・サンチュアリオ」と呼ばれ、教会にある穴から採取される。この土を水に混ぜて飲んだり、直接食べたり、患部に塗ったりすると奇跡的に怪我や病気が治るのである。

この土を求めて訪れる人は年間30万人にものぼる。これだけ多くの人々が訪れていれば瞬く間に土がなくなってしまいそうであるが、不思議なことにいくら取り出してもこの穴が空っぽになってしまうことはない。


そもそも事の起こりは1820年、復活祭のミサで祈りを捧げていた、ある牧師が、土の中から少しだけ顔を出していた小さな十字架を見つけたことに始まる。
牧師はこの十字架を、16km離れたある教会へ納めに行った。

ところが翌日同じ場所に来てみると、昨日持って行ったはずの十字架がまた同じ場所にあったのである。不思議に思った牧師はもう一度その十字架を同じ教会と納めに行った。そして翌日戻ってみるとまたの十字架が地面に刺さっている。

こうしたことが三回もあって、この牧師はこの場所が聖地であることを確信し、この場所に教会が建てられることになったのである。

しばらくして身体の不自由な人がこの教会を訪れた時に、ここの土を水に混ぜて飲んだり、患部に塗ったりしたことがあって、その時にここの土が、傷や病気を癒す奇跡の土であることが発見されたのだ。

信じがたい話ではあるが、この教会に残されている莫大な数の松葉づえや歩行器が、この奇跡の土の効果を証明していると言えよう。

” — No.03 歯痛、関節痛、エイズ・・そして不治の病さえも直す「癒しの土」 (via petapeta)

picapixels:

映画「アベンジャーズ」に登場するガジェットのインターフェースが「これでもかー!」って感じ【ギャラリー】04 : 画像アップロード

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映画「アベンジャーズ」に登場するガジェットのインターフェースが「これでもかー!」って感じ【ギャラリー】04 : 画像アップロード

(via highlandvalley)

kidskidskids:

Cucumber Killer Whale

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Cucumber Killer Whale


(Source: brockdavis, via twominutewarning)


大音楽家フランツ・ヨーゼフ・ハイドンは、1732年に生まれ、1809年に没した。「交響曲の父」とも呼ばれ、当時ベートーベンやモーツァルトとも親交のあった偉大な音楽家である。

たが、このハイドン・・死後、頭の部分だけが切り離されて、その頭があちこちの人の手を渡り歩くという奇妙な運命をたどっている。

ことの起こりは、オーストラリア王国の監獄所の所長をしていたヨハン・ベーターという人物が、ハイドンの死後、墓を掘り起こし、首を切断して持ち帰ったことに始まる。

ベーターは、「骨相学」という、頭蓋骨を調べるような趣味を持っており、事実色々な囚人の頭蓋骨をコレクションしていた。
そんな折り、ハイドン死亡のニュースを聞き、「是非とも天才と言われる人物の頭蓋骨を調べてみたい。」との衝動から、墓を暴いて頭を持ち帰るという奇怪な行動に出たのだった。


盗んできた生首を丁寧に化学処理をして綺麗な頭蓋骨に仕上げ、色々な角度から測定を繰り返した。そして、「ハイドンの頭蓋骨には音楽丘の隆起が見られる。」などと論文を書いて仲間内で発表し、かなりうらやましがられたということである。

しばらく経って、このことを聞きつけたローゼンバウムという人物が、ベーターを訪ねてきた。研究が終わって用済みになったハイドンの頭蓋骨を譲って欲しいというのだ。ベーターの方も一応は研究が終わった、ということで彼に頭蓋骨を譲ってやった。

しかしこのローゼンバウムという人物もその頭蓋骨を墓に戻すようなことはしなかった。彼は自宅の玄関にハイドンの頭蓋骨を飾り、その横には銀盤に描かれたハイドンの肖像画を並べて展示し、お客がくるたびに「これがハイドンの頭蓋骨です。」などと誇らしげに説明していたという。


だが、この頃から奇怪な出来事が起こり始めた。ある夜、ローゼンバウムの妻が、この頭蓋骨から不気味なうなり声があがっているのをはっきりと聞いたのである。

それからうなり声はたびたび聞かれるようになり、最初は半信半疑だったローゼンバウム自身も、ある夜、頭蓋骨がアゴをカタカタ鳴らしながら自宅の中を飛び回っている場面を目撃する。

うなり声と空を飛ぶ場面をたびたび目撃するようになり、ついにローゼンバウムは頭蓋骨を手放すことにした。別の人に譲ったのであるが、そこでも全く同じ現象が起こったのだ。そして次の人・また次の人も同じ目に遭った。

第二次世界対戦後にハイドンの胴体はソ連(現ロシア)に移動した。この辺に至って、「ハイドンの首と胴体を一つにしよう。」という動きが見られるようになり、1954年8月21日、故郷のアイゼンシュタットの墓地で実に150年ぶりに首と胴体は一緒に埋葬されたのである。” — No.10 150年間人手に渡り続けた、大音楽家・ハイドンの首 (via petapeta)

(via twominutewarning, katoyuu)

(via twominutewarning, katoyuu)

“先日、たまたまテレビを何気なくつけると(いつもはテレビは見ないけど)みのもんたの「歴史ミステリー」という番組をやっていて、ここで、不食の人物について取り上げていたので、観てみることに。

私は1年ほど前から、不食の人たちがこの世に現在10,000人ほどいる事は聞いてましたが、この女性の話は初耳でした。

その驚愕の不食の人物とは、24年間、水以外なにも口にしなかったという日本の女性で、名前は、長南年恵(ちょうなんとしえ)という。

NASAも注目しているということらしい。

彼女については、「大抗議長南年恵刀自集」という、鶴岡市役所が所有保管する長南年恵の研究をまとめた文献があるのだそう。

この文献によると、彼女は、20歳のころから全く食事をとらず、口にするものは生水程度であったという。

また、空気中から霊水などの様々な物を取り出すなど、様々な現象を起こしているのだといいます。

この霊水は万病に効き、どんな病気でも治してしまうという水であったといいます。

この霊水は、彼女の噂を聞き、病気を治したいと名乗りでた人たちに与えられていましたが、

この彼女の行為は、やがて社会にも波紋を呼び、新聞誌などから彼女の超能力を疑う論調が出始め、彼女はやがて疑いをかけられ、明治33年12月12日、神戸地方裁判所にて、裁判にかけられる事になります。

牢獄生活中、監視の見守る中、ただの一度も食べ物を口にしなかったといいます。

裁判中、実際霊水を出すようにとの要望に年恵は応え、何もない密室に全裸で入れられ、封をし、サインまでして詐欺行為の行えないような密封状態にした瓶を渡されたそうです。

5分も経たないうちに彼女は、茶褐色の霊水の入った瓶を持って、法廷に再び現れたそう。

瓶は霊水で満たされ、瓶の口は密封されたままだったという。

裁判の結果は、「無罪」。

{記録によれば、5分も経たず霊水を持って現れたのは、とにかく不思議である。}と記録されているそうです。


国の機関の裁判所で、超能力を認めたというのは前代未聞だと、弁護士の田中喜代重さんが最後に語ってました。


彼女の存在によって、人は、自分達が常識だと思っていた事だけが全てではない、という事を証明する、一つの大きな役割を果たしたのではないかな、と思いました。” — 24年間不食だった日本女性、長南年恵(ちょうなんとしえ) 海辺のベンチに腰掛けて/ウェブリブログ (via petapeta)

(via nxaxmxa)

mcsgsym:

(by loopthelife)

mcsgsym:

(by loopthelife)

(via michi66f)

お役所は文書主義だから、口でやりとりしちゃダメ!
むかついても「この件、文書で説明を!」と言おう。これだけで相手はビビる。
なにしろ、公的な証拠が残るから。

大体、文書回答を求めると慌てて口頭説明を始めるが、その場合は
「あくまで文書回答で」と、その場を立ち去り、さらに区役所に
「文書回答を拒否された理由の説明を請願します」と、書面で訴える。
今回の件、まだ文書をやりとりしてないなら、すぐにやろう!

尚、公務員には「説明を求められたら回答する義務」がもれなくある。
さらに、一言「請願」と書いてあれば、答えないと「請願法」という法に触れる。
要するに不法行為に問える。
(よく勘違いする人がいるが、議会に出す請願じゃなければ議員を通す必要はない)
” — 過コピペ@2ch タブーかもしれないコピペ集 その3 (via lemp3)

(via nezzz)

May 31

sonnnatokiniwa:

inuccosan:

『音楽』はどんどん『楽器』から離れていくけど、やっぱり弦楽器のエフ字孔とかとても好きです

sonnnatokiniwa:

inuccosan:

『音楽』はどんどん『楽器』から離れていくけど、やっぱり弦楽器のエフ字孔とかとても好きです

over-ture:

her camera (by cocoaloco)

over-ture:

her camera (by cocoaloco)

(via furoneko)

行動力を身につけるためのコツ30箇条

・行動しないということは、無意識にチャンスを見送っていること。

・同時に、将来に向けて自らリスクの芽を育てている。

・すぐ期限をつけて物事に取り組めば、その行動による損失など大したことがない。

決断というのは、先送りにすればするほど選択肢とリターンが少なくなる。

・やらなければならない、というプレッシャーを持って長い時間を過ごすのは、体を蝕むストレスになる。

・やらなかった…という、後悔は段々と大きくなる。

・考えていて進まないときは、行動すると何かは分かるもの

・自信がないから行動できない…のではなく、行動するから自信が備わる。

・行動には、不安を打ち消してくれる効果がある。

・行動していくことで、あなたメンタルは強くなれる。

・行動さえできれば、圧倒的に他者より優位になれる。

目標があるのなら、行動リストを書いて、1つずつこなしていこう。その過程も自信になる。

フットワークが軽ければ、能力の差も逆転することができる。

・敢えて忙しい状態に身を置くことで、不安は拭い去ることができる。

人生の分かれ道は、何が降りかかってきたか…ではなく、そのことに対してどう対処するか。

・大抵のことは、やってみたら意外と簡単ということが多い。

・これだけは譲れない、という点を考えれば、今必要な選択肢が見えてくる。

・難しいことは、小さく、簡単に、具体的にして、1つ1つの作業を分かりやすくして取り組む。

・その際、頭で考えると難しくなる。紙や手帳に書こう。

・どうしても優先順位がつかないときは、その選択肢の「良い点」と「悪い点」を書き出して考える。

・そもそも迷ったときは、どちらでも正解のことが多い。人は、明らかにダメものは、最初から外す。

・解決を考える時は、時間制限を設けて取り組むこと。長すぎると、先延ばしになる。

情報を完全に集めるのは不可能。情報収集をやめたら行動に移る癖をつけること。

・6割方できると思ったら、行動するようにする。

自分が今、「どの方角」に向かっているかを自問すること。

・今後悔していることがあっても、何歳であっても、残りの人生を良くすることを一番に考えるようにしよう。

自分が一番大切だと思ったことをしていけば、後悔はしない。

明日のことを悩む暇があったら、今日を大切にしよう。

・失敗した、ということは、自分がつまづいた石を発見したようなこと。それは次に成功するためのチャンス。

・どんな失敗をする可能性があるかを予測しておくと、失敗してもダメージは少ない。

” — 行動力を身につけるためのコツ30箇条 (via storz)

(via usaginobike)

 今でこそ、爆笑問題(田中裕二と太田光)をテレビで見ない日はない。が、太田プロダクションからデビューした2年後の1990年、一方的な独立が原因となっておよそ3年間、芸能界を干されていたのは、あまり知られていない。その時代を支えたのが、太田の妻で、所属事務所のタイタン社長・太田光代だ。

 仕事がゼロの時代、光はニート。そんな光でもお笑いの才能があると信じて疑わなかった光代は、パチンコ、パチスロでアルバイト。質屋通い、内職までした。その間、光は月に1度のお笑いライブのネタを書くだけ。やがて、映画の脚本、監督、役者の仕事が舞い込むように。勝機を見出した93年、光代はタイタンを設立するや、爆笑問題は「NHK新人演芸大賞」を受賞。のちのボキャブラ・ブームに乗って、現在の地位まで上りつめた。

 ところが、好事魔多し。タイタンが軌道に乗ろうとしていた98年、所属芸人のキリングセンス(解散)の萩原正人が、B型肝炎から肝硬変を発症。余命半年を宣告された。そのとき、誰よりも尽力したのが光だった。

 海外移植の手があることをネットで調べ、専門家に確認。渡航費、滞在費、手術費として、最低5,000万円が必要とわかると、トリオジャパンという移植患者のボランティア団体を探し、萩原と妻をアメリカに旅立たせた。

 夫婦が成田を発つその日、光はマネジャーに1本の高級時計を握らせた。「『爆笑問題の日本原論』が10万部を突破した記念に、宝島社から贈られたもの。これを持ってから運が開けたから」。マネジャーはそう言って時計をわたし、萩原がしていた安いデジタル時計と交換した。結果、成功率が低かった腎臓と肝臓の同時移植は成功。日本人初の快挙だった。

 現在、萩原は「ハギワラマサヒト」の名前で、文化人としてタイタンに所属。安いデジタル時計は、光の宝物だ。

” — お笑い芸人 豪快伝説 其の二『爆笑問題』 (via dc-ep)

(via ico)

“うまく言えないんだけど、自分の居場所について、自分にふさわしくない、って言う人はたいていだめだよ、と私はこたえた。” — 二重写しの視界 - 傘をひらいて、空を (via eternityscape)

(via usaginobike)